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ふたつの時代がつながる旅 -初冬の研修旅行-

ならなぎ歴史文化グループの主催で、東大寺大勧進職として、源平の争乱で焼失した東大寺の復興を果たした重源上人の足跡をたどって、総勢27名で山口へ研修旅行に出かけた。東大寺盧舎那仏建立に必要な銅を採掘した銅山にも立ち寄った。コースは下記の通りだ。
*日時  2018年12月9日(日)・10日(月)・11日(火) 二泊三日
*集合  12月9日  新大阪駅3階千成瓢箪 8時20分
*日程  12月9日  新大阪駅8時42分発のぞみ3号乗車→新山口駅10時34分                          
             長登銅山→松下村塾→萩城下町→萩観光ホテル
      12月10日 ホテル8時出発→笠山→萩周辺→昼食(長門市)→
             元乃隅稲成神社→角島→ユウベルホテル松政
      12月11日 ホテル→瑠璃光寺→重源の郷(見学・昼食)→南大門等→
         新大阪着18時38分着*解散

長登銅山[日本最古の銅山跡]
長登銅山跡は、奈良時代から昭和35年まで採掘された銅山ですが、奈良時代から平安時代にかけて国直轄の採銅所[長登採銅・製錬官衙]が置かれ、約200年以上にわたって大変栄えた。長登字大切の山中から数片の須恵器が採集され、長登銅山跡が古代にさかのぼる日本最古の銅山であることが判明した。また奈良東大寺大仏殿西隣の発掘調査が実施され、この時出土した青銅塊の化学分析の結果、奈良の大仏創建時の料銅は長登銅山産であったことが実証された。(出典文化交流館)

長登銅山Ⅱ

緑色が銅

長登銅山Ⅲ

銅山内


野谷石風呂[野谷石風呂]
重源上人は東大寺建立の勧進役となり、資金を工面するばかりでなく、資材の調達のため、現在の山口県にある徳地まで出向いて指揮をとった。そのおり、労働者の憩いのために石風呂を多数造った。この野谷石風呂もそのひとつである。重源の郷では石風呂を体験できる


長大な木材を運ぶため、佐波川を利用したが、大きすぎて困難を極めた。勧進役を遂行するため多くの知恵を出したが、そのひとつが「佐波川関水」である。水深の浅い箇所に水を堰き止めて円滑に木材が流れるようにした。

岸見の石風呂Ⅱ

岸見の石風呂

佐波川関水

佐波川関水


法光寺[法光寺]
重源上人が周防国に下向された時の拠点として創建した。当時は蓮台山安養寺と号した。その後改号して法光寺となっている。ご本尊が木造阿弥陀如来坐像であるが、東大寺南大門の仁王様の用材がこの如来様の年輪パターンとほぼ一致している。


十三重石塔

重源上人造立十三重石塔

八百回忌記念の五輪塔

八百回忌記念の五輪塔


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