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雨の中の例会

今日は飛火野コースだ。興福寺境内→菩提院大御堂→春日大社一の鳥居→国立博物館→飛火野→春日大社を巡って勉強した。残念ながら雨だ一日中降っていた。植物観察が多いコースなのだが楽しみが半減する。先日の台風21号の被害で通行止めもあり、いも畑がある飛火野はパスとなった。屋根がある休憩場所がないコースであり、昼食は国立博物館の地下で雨宿りした。知る人ぞ知る場所であるが、テーブルと席が用意されていて申し分ない。30人ほどがぞろぞろと遠慮しがちに利用させてもらった。午後からも雨にめげず研修をした。「ならなぎ」は頑強である雨でも奈良・自然への感動を伝えるために一生懸命だ大変だったが、良いこともあった。国立博物館前に人工の池があるが、そこに「ヒメビシ」が住み込んでいる。水草だが、毎年繁茂するわけではない。今年は姿を現し花らしきものも見られた。雨のため終礼は浮雲園地の東屋で行った。

雷クスノキ前

雷クスノキ前で研修


s-ヒメビシ【ヒメビシ】

日本では各地で個体群が消滅し、絶滅危惧種に指定されている。 一年草。葉は菱形で、粗い鋸歯がある。葉の長さは1.5-3.5cm。茎の先端から葉を放射状に叢生し、水面を覆う。葉柄の中央には空気を含んだ浮き袋状の構造を形成する。
花期は7-10月、白または淡い紅色の花弁をもち、直径は6-8mm。果実は石果で長さ約20mm、4本のとげをもつ。


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台風一過 ならなぎ例会

9月5日ならなぎの例会は「猿沢・鷺池コース」だ。昨日の台風21号は近年稀にみる大型台風で近畿を直撃、大きな被害を被り、停電も長く続いた状況だったが、過ぎ去った次の日は快天だった。被害の後始末などで欠席が多いと見込んでいたが、およそ30名の参加があり、実施して良かったしかしあちこちで台風の傷跡を見た。道は枝葉が散乱していて、大木が倒れている。大量の銀杏が道に散らばっていた。春日大社へつながる道が途中から通行止めになっていて行けなかったが、灯篭が数基倒れたと聞いた。その中で大御堂のひ弱なヒオウギが元気に咲いていた。鷺池では名の通りダイサギを発見和まさせてくれた。気になったのは飛火野の雷クスノキだったが、何事もなかったかのようにすくっと立っていた。また名刹の建物もひとつの傷もないようで、さすが管理が行き届いているように思えた。予定通り15時東屋で終了した。今年は天災の影響で例会の中止が多く、今後このような事が起こらないよう祈るばかりだ。今回の台風で被害に会った皆様にお見舞い申し上げます。
s-春日大社参道

春日大社参道

s-ヒノキ倒木

ヒノキ真っ二つ


s-ナラノヤエザクラ倒木

ナラノヤエザクラ倒木

s-鷺

ダイサギ


ヒオウギ

ヒオウギ


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城輪柵跡

s-城輪柵跡 南門よりみちクラブで多賀城を観光したが、ここは太平洋側であり、日本海側には秋田城があった。
秋田城は出羽国に柵を築いて創った城だ。城輪遺跡と呼ばれている。その城輪柵跡を見学した。
城輪遺跡は一辺が約720Mのほぼ正方形の遺跡だが、その中央に1辺が約110Mの築地塀に囲まれて、政庁の建物群がある。

s-城輪柵跡
正殿、後殿は柱の位置が示され、その規模が推定できる。東門と南門は朱塗りの柱に白壁で、復元されている。
蘇我入鹿の暗殺から新政府は、大化の改新に着手した。中央集権的な地方支配を目指した。
蝦夷を支配するため東北まで進出した。
七道のうち東山道にあった日本海側に出羽国、太平洋側に陸奥国(多賀城が本拠地)、北陸道

s-城輪柵跡 正殿に越後国が制定された。
それ以北は政府の支配地から外れた蝦夷の地だった。出羽国は越後国に属していて出羽郡であった。柵を築いてその土地の蝦夷を服従させていた。
奈良時代712年に出羽国となった。733年に秋田柵が作られ出羽国府とされ秋田城と呼ばれるようになった。
多賀城は724年に築かれた。

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