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ならなぎ「飛火野コース

11月5日ならなぎ「飛火野コース」に参加した。天気快晴で気持ちの良い日だった。秋になり植物の実が多く付き、ナンキンハゼ、ケヤキなど紅葉が始まっていた。モミジはまだ早いいつものコースを回り春日大社で終了した。15時半
s-オガタマノキ 飛火野コース191105

オガタマノキ

s-カラタチ 飛火野コース191105

カラタチ


s-モッコク 飛火野コース191105

モッコク

s-タチバナ 飛火野コース191105

タチバナ


s-サンゴジュ 飛火野コース191105

真っ赤なサンゴジュ

s-センダン 飛火野コース191105

センダン


s-赤トンボ

赤トンボ

s-ウマオイ

ウマオイ


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ならなぎ「ならまちコース」

10月20日ならなぎ例会に参加した。今日は新コース「ならまちコース」が実施された。初めてのコースで参加者が多かった。具体的なコースは次の通りだ。
奈良町天神社→瑜伽神社→旧大乗院庭園→福智院→今西書院→十輪院→御霊神社→元興寺塔跡→庚申堂→奈良町資料館→元興寺
3班に分かれリーダーが案内した。天神社からは頭塔を見る事が出来る。瑜伽神社はモミジの木が沢山あり、晩秋は見事だろうと思われる。玄昉の福智院を過ぎ、河島英五の墓がある十輪院、桓武天皇の勅願社である御霊神社を巡り、元興寺塔跡で昼食を摂った。最後は元興寺を拝観した(今後の例会では拝観を省く)。以前「艶めかしい石仏」を見たと会員から話を聞き、探し回って発見した。午後からは興福寺の2019年特別公開「南円堂・北円堂」が行われており拝観した。15時終了
何回も下見でこのコースを回っているが、知らなかった事だが、奈良町天神社から瑜伽神社に行く途中に「温石」という料亭がある。あまり目立たない店だが、ミシェラン2つ星に登録されている。禅僧が温めた石を懐中に抱く事で温かさを感じる。そのことで空腹や寒さをなだめたという。そこに端を発して茶の席で出す一時の空腹しのぎ程度の軽い料理の事を指したり、あるいは客人をもてなすための料理を懐石料理と呼んだとの事だ。一度行って見たい

s-天神社鳥居 ならまち191020

天神社

s-温石 ならまち191020

料亭温石


s-頭塔 ならまち191020

頭塔

s-瑜伽神社 ならまち191020

瑜伽神社


s-福智院 ならまち191020

福智院

s-十輪院 ならまち191020

十輪院


s-御霊神社 ならまち191020

御霊神社

s-元興寺極楽堂 ならまち191020

元興寺極楽堂


s-元興寺行基葺 ならまち191020

元興寺行基葺

s-艶めかしい石仏 ならまち191020

艶めかしい石仏


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特別例会「糞虫について」

10月5日特別例会の日だ。年に1回我々の活動に関した講師をお招きしフィルドワークしたり、講義を受けたりしている。今年は糞虫館館長の中村氏にお願いした。糞虫は奈良公園には無くてはならない存在で、鹿の糞を食べてくれる。それで1日1トンも排泄される糞がなくなり、綺麗な公園となっている。子供コースで綺麗な色をしている糞虫の仲間「ルリセンチコガネを探そう!」が人気だ。午前は糞虫を飛火野で探した。知らなかったが、50種類ほど奈良公園にいるらしい。ルリセンチコガネ(オオセンチコガネ)しか見たことがなかったが、いるのだ。3mm~5mmのがいる。これでは分からない。糞の中に入り込んでいた。本日探せたのは「オオセンチコガネ」「センチコガネ」「カドマルエンマコガネ」「ナガスネエンマコガネ」「チビコエンマコガネ」「マグソコガネ」「ウスイロマグソコガネ」「スジマグソコガネ」だった。午後からスライドで詳細を教えてもらった。15時終了
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説明風景

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糞虫探し



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午後の講演

s-オオセンチコガネセンチコガネ

オオセンチコガネ&センチコガネ



s-カドマルエンマコガネ

カドマルエンマコガネ

s-マグソコガネ

マグソコガネ


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業平道を往く - 知識寺・河内六寺を巡る -

9月25日ならなぎの「よりみちクラブ」が主催するウォーキングに参加した。孝謙天皇が難波宮行幸の際に立ち寄った河内六寺(三宅寺、大里寺、山下寺、知識寺、家原寺、鳥坂寺)の一部を巡った。またその道は平安時代の貴族・歌人である在原業平が大和国と河内国を河内姫に会いに行き来した際に通ったとされる道筋でも有名である。
本日は「柏原おいな~れガイドの会」の皆様が案内いただきました。コースは下記の通りです。
近鉄堅下駅⇒鐸比古・鐸比賣神社⇒天冠山知識寺中門観音寺⇒清浄泉⇒石神社⇒家原寺跡⇒鳥坂寺跡⇒柏原市立歴史資料館⇒JR高井田駅
史跡はほとんど残っておらずロマンを感じながら歩いた。我々ならなぎの者としては一番の興味は知識寺にあったであろうという「大仏様」である。聖武天皇がここで「大仏様」を見て、東大寺の大仏(盧舎那仏)の建立を決めたと言う。当然その「大仏様」は存在しておらず、壁に絵が描かれていた。また最後に歴史資料館を訪れたが、そこの学芸員さんに大変熱心に説明していただいた。2つの重要な点を知ることが出来た。1つはこの地域で大和川の付け替えが行われたこと、2つ目は多くの横穴墓(高井田山古墳)存在することである。近くに横穴墓がありそれを見せて頂いた。そこには5世紀後半に描かれた思われる線刻画があった。
予定の16時半を少し過ぎて終了した。

s-鐸比古神社 190925よりみちクラブ[鐸比古神社]『河内名所図会』には、「鐸比古神社 (高尾神社・大県神社・高尾明神) 延喜式内、高尾山の嶺にあり、今比賣春日御前という。傍に清泉あり」と記されている。 もともとは鐸比古神社と鐸比賣神社は別々の神社であり、鐸比古神社は高尾山の山頂に祀られていたが、中世には現在の地に遷されたといわれている。現在の社殿は江戸時代・元禄年間の再建。 祭神は「鐸比古命」「鐸比売命」。 鐸比古命は垂仁天皇の子であり、「沼滞別命」「鐸石別命」と同人とされる。 和気清麻呂の遠祖であり、鐸比古命を祭神とするのは日本全国でもここと岡山県の和気神社のみとされている。

s-知識寺 盧舎那仏 190925よりみちクラブ[知識寺壁画]古代日本において、「知識」と呼ばれた仏教信徒の財物及び労力の寄進によって建立された、つまり民間の力で建てられた寺院を「知識寺」「智識寺」と称したが、その中でも河内六寺のひとつ、河内国の知識寺は後に「日本三大仏」に数えられた廬舎那仏を安置するなど、その規模の大きさで知られていた。 740年(天平12年)に聖武天皇が同寺に行幸して、廬舎那仏の姿と同寺を支える人々の姿に魅了され、後に東大寺盧舎那仏像を造像するきっかけになった。

s-ガイド風景 190925よりみちクラブ

ガイド風景

s-左から允恭、応神、仲哀天皇陵 190925よりみちクラブ

高台から見た天皇陵・允恭、応神、仲哀


s-横穴墓 7号墳 190925よりみちクラブ

横穴墓 7号墳

s-横穴7号墳線刻画号墳

横穴7号墳線刻画


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例会「奈良阪」コース

9月20日ならなぎ例会に参加した。今日は「奈良阪コース」だ。バスで奈良阪バス停で降りてスタートだ。まず奈良豆彦神社がある。小さな神社だが延喜式に載っている由緒ある社だ。シリブカガシとヤブミョウガの花が多く付いていた。般若坂をくだり元少年刑務所や牧村牧場といつものコースを歩く。般若寺は国宝の楼門が閉まっていた。いつも空いていたのだが、コスモスの時期で拝観料を払って見てくださいとの事かと、料簡の狭い者は思ってしまう。五劫院で昼食した後、晴れていたが、急に暗くなり小雨が降ってきた。急ぎ足でコースを回り、一応聖武天皇陵で終礼した。長いコースで近鉄奈良駅まで女子大の前を通って解散した。15時
s-シリブカガシ 190920奈良阪コース

シリブカガシ花

s-シリブカガシⅡ 190920奈良阪コース

シリブカガシ実


s-ヤブミョウガ 190920奈良阪コース

ヤブミョウガ

s-ナギイカダ 190920奈良阪コース

ナギイカダ


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