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「西ノ京コース」

2月20日「西ノ京コース」に参加した。ここ1週間ほど天候が悪く曇りや雨が続いている。今日も曇天で危かった。しかし多くの参加者があった。西大寺からスタートして、名刹が続く。喜光寺、唐招提寺、薬師寺など見どころが多い。垂仁天皇陵行く前ぐらいから小雨が降ってきた。いつもはこのあたりの空き地で昼食だが、雨ではどうしょうもない。仕方なく唐招提寺そば、「みやげ処きとら」まで直行して、食した。幸いにも雨が止み、その後は無事に終了した。西大寺や菅原神社の梅が見ごろで和んだ。終了14時半

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よりみちクラブ「行基巡りin堺」

2月8日よりみちクラブ「行基を巡るin堺」に参加した。深井駅に集合した。天気も良く19名が集まった。ガイドさん2名で2班に分かれて散策した。行程は以下の通りだ。
10:30深井駅→徒歩10分-水賀池(池の周りを通過30分)→徒歩20分-大野寺・土塔見学&昼食(70分)→徒歩60分-蜂田神社(15分見学)→徒歩10分-華林寺(10分見学)→徒歩15分-大池体育館(トイレタイム)→徒歩5分-家原寺(見学30分)→徒歩20分-JR阪和線津久野駅解散15:00
大野寺・土塔を見学し、すぐ昼食を摂った。今回は歩く距離が長く、疲れたが、行基さん関連の古刹を訪れ大変興味深かった。古刹と土塔について纏める。

s-土塔[土塔]
この土塔は大野寺の仏塔で、大野寺は高僧行基(668-749)が開創した四十九院の一つで、神亀4年(727年)に創建された。鎌倉時代の「行基菩薩行状絵伝」に大野寺とともに描かれている。一辺53.1m、高さ8.6mの四角錐の形をした十三重の塔で、発掘調査で6万枚以上の瓦が葺かれていたことが判明した。文字を記した瓦が約1300点出土しており、大半は人名で、行基とともに土塔を建立した「知識(衆)」と呼ばれる人々の名前を記したもので、僧尼や貴族の名前も含まれている。大野寺の住職にお話しを聞く事が出来、「高史家思」と書かれた瓦があった。昭和28年(1953年)に国の史跡に指定され、平成21年(2009年)に史跡整備により全体を盛土で保護し、十二層まで復元された。出土された瓦は平成28年(2016年)重要文化財に指定。

s-華林寺本堂[華林寺]
華林寺(けいりんじ)は、高野山真言宗の寺院で清香山と号し、蜂田寺、八田寺とも呼ばれ、薬師如来を本尊としている。『行基菩薩縁起図絵詞』(正智院所蔵)によれば行基十三歳の天武9年(680)、母である蜂田古爾比売(はちたのこにひめ)の実家を寺とし、行基が開創した最初の寺院とされている。父は高志才智。古爾比売は、山林修行を終えた行基に導かれて佐紀堂(現在の奈良県奈良市佐紀町)に住んだ。その後生馬仙房(生駒山の家)に移り、和銅3年(710年)に死ぬまで行基とともに住んだ。後に行基が葬られた竹林寺の前身である。

s-家原寺本堂[家原寺]
家原寺は、大阪府堺市西区家原寺町にある行基宗の大本山の寺院。山号は一乗山。本尊は文殊菩薩。以前は高野山真言宗別格本山であった。地元では「智恵の文殊さん」として親しまれている。ハンカチに合格祈願が書き込まれ至る所に何重にも貼り付けてあった。ハンカチ寺とも呼ばれている。1989年(平成元年)に三重塔が再建された。また2018年(平成30年)に高野山真言宗から独立し、行基宗を創設して本山となっている。


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佐紀盾列古墳群コース

2月5日佐紀盾列古墳群コースに参加した。10時平城駅で集合。今日は1日雨予報で小雨の降る中、震えながらの例会日だった。参加者が少なく2班体制にした。コース通りに歩いて成務天皇陵、日葉酢媛陵、瓢箪山古墳などガイドを聞きながら植物を観察した。12時半ごろ平城宮跡 遺構展示館に到着、昼食だ。少し晴れ間が出てきて午後から大丈夫と思った矢先、また降り出したので、今日は午前で終了となった。残念
大極殿

第一次大極殿


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ならまち・新薬師寺コース

1月20日今年初めてのならなぎ例会に参加した。「ならまち・新薬師寺コース」だ。天気予報では1日雨となっていて、ずぶ濡れを覚悟していたが、皆の日頃の行いが良いのか、ほとんど雨にかからず回ることができた。このコースはお寺を訪れる件数が多く説明が大変だ。リーダーは頑張った様子が見受けられた。「路地ブラならまち・きたまち」が実施されていて、元興寺小塔院の本堂が開かれていて、普段見られない「虚空蔵菩薩」を拝むことができた。頭塔の前の空き地はまだ手つかずで頭塔がはっきりと見えていた。14時半終了。
頭塔

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よりみちクラブ「八坂神社と清水寺界隈を巡る」

2024年1月17日よりみちクラブ「八坂神社から清水寺界隈を巡る」に参加した。18名が京阪祇園四条駅に集合した。コースは有名な社寺がある場所で何度も行ったことがあるが、知らない事が多々あった。コースは以下の通りだ
仲源寺☞花見小路☞八坂神社☞祇園閣☞庚申堂☞八坂の塔☞三年坂☞清水寺
四条通りにあるいつも通り過ぎていたお寺仲源寺は目疾(めやみ)地蔵となり、眼病に霊験があるとされている。花見小路には鍾馗(しょうき)さんが屋根に鎮座していた。鍾馗さんは魔除けのためにあるが、斜めに向いているのは、真正面を向いているとお向かいさんに悪いからだそうだ。京都らしい遠慮が見える。こんなこと気にした事がなかったが、ガイドしてもらって初めて知った。こんな調子ですべてが意外な事が多く、きりがないから省略する。メインの八坂神社と清水寺にクローズアップする。

s-八坂神社正門[八坂神社南楼門]
平安京遷都(七九四)以前より鎮座する古社で、「祇園さん」と呼ばれ親しまれている。主祭神の素戔嗚尊(すさのをのみこと)はあらゆる災いを祓う神様として信仰されており、境内には数多くの神様をお祀りしてる。全国約二、三〇〇社鎮座する八坂神社、祇園信仰神社の総本社。疫病消除を願って祇園祭が始まった。令和2年(2020)の本殿国宝指定と併せて、境内・境外合計26棟の建造物が重要文化財に指定された。南・西手水舎や神輿庫など建築年代の新しい建造物も、八坂神社の信仰の柱である祇園祭に欠かせない建造物として重要文化財に指定されている。八坂神社の建築で特徴的なのはその歴史の深さ。明応6年(1497)建立の西楼門、天正19年(1591)建立の美御前社、天保8年(1837)建立の御旅所、昭和3年(1928)建立の神輿庫まで、中世~近代以降の社殿建築を見ることができ、現代に至るまで連綿と受け継がれてきた八坂神社の建築の歴史が感じられる。この南楼門が正門になる。四条通にぶつかる門は西楼門と呼ばれる。
s-本堂Ⅱ清水寺[清水寺本堂]
音羽山清水寺の開創は778年。京都の東、音羽山の中腹に広がる13万平方メートルの境内には、国宝と重要文化財を含む30以上の堂塔伽藍が建ち並ぶ。現在の伽藍はそのほとんどが1633年に再建されたもので、1994年にはユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」のひとつとして登録された。創建は奈良の僧、賢心(けんしん)だが、坂上田村麻呂が音羽の瀧で賢心と出会い、尋常ならぬ聖賢を感じ、大師と仰いで寺院建立の願いに協力を申し出た。十一面千手観世音菩薩を御本尊として寺院を建立し、音羽の瀧の清らかさにちなんで清水寺と名付けた。
清水寺の宗旨は北法相宗。清水寺は開創以来、奈良仏教の法相宗を宗旨とし、中世・近世においては法相宗大本山、興福寺(奈良)の末寺だったが、1965年清水寺が北法相宗の本山として独立した。
s-庚申堂

庚申堂

s-石塀小路

石塀小路


s-大雲院祇園閣

大雲院祇園閣

s-八坂の塔Ⅱ

八坂の塔


s-仁王門 清水寺

仁王門 清水寺

s-西門&三重塔 清水寺

西門&三重塔 清水寺


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