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ならなぎ例会「大仏池コース」

7月5日ならなぎ例会に参加した。大仏池コースだ。梅雨に入り大雨警報が続く日々だが、幸いにも梅雨の谷間になり、雨は降らなかった。我が班はリーダーが怪我のため不在となり、順番に知識を絞り出し案内する事にした。ベテラン揃いでうんちくを聞いて、知らない事が、多く発見できた。夏が近づいてきてその季節の花が目立つようになった。ナツツバキ、ナツフジ、ムクゲ、ヒマワリ、サルスベリ、クチナシなど元気に咲いていた。二月堂のあたりで鹿の親子と出くわし、子は今年の春に生まれたばかりのバンビであった。可愛らしい15時半東屋で解散。
s-ムクゲ 大仏池コース190705

ムクゲ

s-ヤマモモ 大仏池コース190705

ヤマモモ

s-ウワミズザクラ 大仏池コース190705

ウワミズザクラ


s-クチナシ 大仏池コース190705

クチナシ

s-サルスベリⅡ 大仏池コース190705

サルスベリ

s-シャシャンボ 大仏池コース190705

シャシャンボ


s-ナツツバキ 大仏池コース190705

ナツツバキ

s-ナツフジ 大仏池コース190705

ナツフジ

s-ノリウツギ 大仏池コース190705

ノリウツギ


s-モッコク 大仏池コース190705

モッコク

s-フサフジ 大仏池コース190705

フサフジウツギ

s-鹿の親子 大仏池コース190705

鹿の親子



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「奈良阪コース」

6月20日ならなぎ例会「奈良阪コース」を実施した。40名ほどの会員が集まった。いつものようにバスで奈良阪で行って、奈良街道を下った。30℃を超える気候となり歩きに元気がない。植村牧場で思わずソフトクリームにかぶりついた。殆どが食べていた。このコースを回るのに久しぶりに勉強していたら、少年刑務所がホテルになるのは知っていたが、業者が変わり、2021年開業で星野リゾートが経営をするらしい事を発見した。高級路線で行くらしいが、あの立地で客が来るのだろうか・・・よけいな心配をしながら、五劫院の軒下を借り弁当を食べ転害門を過ぎ、光明皇后陵で解散した。14時半。
s-ナギイカダ 奈良阪コース190620

ナギイカダ

s-シャシャンボ 奈良阪コース190620

シャシャンボ


転害門

転害門


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ならなぎ例会「佐紀盾列古墳コース」

6月5日ならなぎ例会「佐紀盾列古墳群コース」に参加した。10時平城駅からスタートだ。古墳が世界遺産に登録されそうで、古墳ブームが起こっており、案内が増えると予想され、しっかりと勉強をしておく事が必要だ。このコースには佐紀石塚山古墳・佐紀陵山古墳・ヒシアゲ古墳・コナベ古墳・ウワナベ古墳などがある。歴史ともうひとつは植物だ。日々花は移り変わっている。少し前にはクロバイの花がきれいに満開であったが、今日は跡形もない。またナナミノキの花は枯れかけていた。サカキがこれからの感じで、ネズミモチは咲き誇っていた。珍しいタチカモメヅルが確認でき、トケイソウもきれいだった。朝方は曇っていたが、徐々に太陽が顔を出し暑くなり、距離が長いため堪えた。15時佐紀神社で解散。
s-イヌマキ 佐紀盾列古墳190605

イヌマキ

s-クリ 佐紀盾列古墳190605

クリ


s-タチカモメヅル 古墳群190605

タチカモメヅル

s-トケイソウ 佐紀盾列古墳190605

トケイソウ


s-ネジキⅢ 佐紀盾列古墳190605

ネジキ

s-ネズミモチ 佐紀盾列古墳190605

ネズミモチ


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ならなぎ例会「春日奥山コース」

5月20日ならなぎ例会「春日奥山コース」に参加した。このコースは植物を熟知してなければガイドは務まらないコースで、リーダーをしてもらう人は限られている。勉強会をしてガイド育成が急務である。それ用の植物マップを作成中であるが作業が大変だ午前・午後とも降水確率が高く十分は雨対策をして出かけた。水谷神社をスタートして山頂に至り、三笠山を下山して南ゲートで解散する。雨模様であるので早い目の観察となったが、ある程度植物の位置を確認することが出来た。まだ何度もコースを回らなければならないだろう。雨は幸いにも終わり間近まで待ってくれた。15時終了
s-カナメモチ 190520春日

カナメモチ

s-ニワトコ 190520春日

ニワトコ


s-マユミ

マユミ

s-エゴノキ 190520春日

エゴノキ


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よりみちクラブ 古代史の宝庫!飛鳥を訪ねる

5月14日第15回よりみちクラブが開催された。10時すぎ飛鳥駅で集合した。総勢23名が集まった。コースは下記の通りだ。誰もが一度は行ったことがあるコースだが、残念ながらよりみちクラブの宿命である「雨」であった。しかしベテランのガイドさんの案内であるので多くの参加があった。
飛鳥駅 → 欽明天皇陵・吉備姫王墓(猿石)→ 飛鳥歴史公園・高松塚古墳     → 天武・持統天皇陵 → 亀石 → 橘寺 → 石舞台(12時頃)→ 食事 →   飛鳥板葺宮跡 → 酒船石 → 飛鳥寺 → 飛鳥資料館 → 甘樫丘 →     橿原神宮前駅 解散(16時45分頃) 
各名所で拝観料を払って入場した。雨でスケジュールが押していて橘寺で食事をさせてもらった。最後は雨のため早い目に終わり甘樫丘からバスで橿原神宮駅まで行って15時半終了した。皆様お疲れ様でした。
s-高松塚古墳[高松塚古墳]
直径18m、高さ5mの小さな円墳。昭和47(1972)年3月、石室内に彩色壁画(国宝)が発見され、戦後最大の発見として大きな注目を集めた。石槨内部には古代中国道教の影響を受け、東壁には青龍と日像、西壁には白虎と月像、北壁には玄武、東西の両脇には人物像、天井には星宿図が描かれている。被葬者は7~8世紀の皇子とみられる長身の男性とされるが、詳細は分かっていない。古墳内部は保存上密閉されているため、見学はできない。隣接する高松塚壁画館で、精巧な模写や石槨の模型が展示されている。

s-橘寺[橘寺]
創建年代不詳。文献に初めて登場するのは天武9年(680)。聖徳太子誕生の地といわれ、太子建立の7カ寺の一つ。8世紀には66もの堂宇が立ち並ぶ大寺院で四天王寺式伽藍配置をとっていた。現在は江戸期に再建された本堂(太子殿)など、わずかな諸堂を残すのみとなっている。室町時代の聖徳太子坐像(重要文化財)をはじめ、善悪2つの顔が刻まれた二面石などがある。境内には3つの副柱の穴をもつ塔心礎が残る。


s-飛鳥寺[飛鳥寺]
推古4年(596)、仏教を保護した蘇我馬子の発願により日本初の本格的寺院として完成した。三金堂が塔を囲む大寺で、法興寺 元興寺とも呼ばれる。平城遷都に伴い奈良の地に新たに元興寺が建立されて以後は、本元興寺と呼ばれた。鎌倉時代に伽藍の大半を焼失した。現在の本堂は江戸時代に再建されたもの。本尊の銅造釈迦如来坐像(重要文化財)は創建時、飛鳥時代の作で日本最古の仏像。飛鳥大仏の名で親しまれる。寺の西側には蘇我入鹿の首塚と呼ばれる五輪塔が残っている。境内に山部赤人の歌碑がある。

s-酒舟石[酒舟石]
小高い丘の上にある花崗岩の石造物。主軸はほぼ東西で、現存の長さ約5.5メートル、幅(南北)約2.3メートル、厚さ約1メートルであるが、北と南の一部が欠けている。上面に皿状のいくつかのくぼみとそれを結ぶ溝が刻まれている。酒を造る道具、あるいは薬などを造るための道具とも言われ諸説あるが定かではない。近くに水を引いたと見られる土管や石の樋も見つかっていることから庭園の施設とも言われている。 後世江戸時代に高取城を築城するため石垣用の石材として利用しようとしたと思われる石割用の石鑿の跡が見られ、上面の造形が欠損している。 1927年(昭和2年)4月8日、国の史跡に指定された。

s-飛鳥板葺宮跡[飛鳥板葺宮跡]
板蓋宮は、7世紀半ばの皇極天皇の宮殿で、中大兄皇子(天智天皇)らによって蘇我入鹿が暗殺された乙巳の変(大化の改新)の舞台。皇極天皇、斉明天皇(皇極天皇重祚)の皇居跡で、伝飛鳥板蓋宮跡とされていたが、継続的な調査で、飛鳥板蓋宮だけでなく、飛鳥岡本宮(舒明天皇)や、後飛鳥岡本宮(斉明天皇)、飛鳥浄御原宮(天武・持統両天皇)など、複数の宮が継続的に置かれていたことが判明し、平成28年に、名称が「飛鳥宮跡」に改められた。現在復元されている石敷広場や大井戸跡は上層の飛鳥浄御原宮のもの。

s-イチョウ雌蕊 山野辺の道190514

イチョウ雌花

s-トキワサンザシ 山野辺の道190514

トキワサンザシ

s-マユミⅡ 山野辺の道190514

マユミ


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